総合の紹介

新しい推想(*1)をなして、調和にもとづいて可能性を見いだす図式の手続きを、総合と呼びます。
現実のなかで、可能性を用いて活動していく、状況の実現。
総合という方法では、アリストテレスがすでに提唱していた推想という方法を発展させ、
受け取りながら、未開拓の領域の思考を現出させていきます。

推想という、自分が本来持っている能力の一つに光をあてることには、意味も価値もあります。

無限に変化する世界のなか、人も無限に変化できます。
今の自分の個性やありのままの環境を、より広いものの見方で受け入れて。
自らが変化することで、与えられている影響や状況の意味を変えていきます。
普遍のなかに生きる人への憧れを奇跡を夢見、可能なことを重ねていくこと。

これは、自分自身を感じていくことでもあります。人間の崇高さと比較しながら。

美の性質を利用して、あいまいで弱い、しかし表現で、可能性を現出することに用いられます。

*1 推想 推理・推論にならって、Abductionの訳にこれをあてた。

2004年2月28日更新

総合による芸術

総合は、ある事実から出発し、仮の判断により意識されていない目的をとらえる技術です。

分析は合法則性に関する技術で、客観的必然性がある結果を得るもの、とするとき、
総合は合目的性に関する技術で、主観的妥当性がある結果を得るものと言えます。

意識されていなかった目的がとらえられると、事物の可能性が表現されるようになります。

総合は分析と同様、普通におこなわれます。
合目的性に関する技術で、芸術の方法と位置づけることもできます。
また、芸術は自然な総合です。

総合は、芸術に可能な範囲で、自由な仮の判断により事物の可能性を扱うことです。
事物の可能性の表現が自由なら、未知の事物の理由にもとづいて、合目的性を表現できます。
理由は理性によるので、理由による芸術は、理性の芸術と呼びます。

2002年11月30日(前回2001年10月2日更新)

推想による総合

テクストはコンテクストから成ります。
普遍的なコンテクストがあれば、全てのテクストは互いに置き換えられるようになります。

全てのテクストが互いに置き換えられるなら、全ての意味はつらなります。

普遍的なコンテクストを常に客観的必然性で表現するためには、全ての事物が既知でなければなりません。
常に主観的妥当性で表現するには、事物に調和が前提されればよいのです。
人は、元々の能力の一つに、全体に及ぼす調和を持っています。

推想は調和の能力によります。

2003年5月28日2002年10月にメーリングリストで紹介した内容をまとめなおた

未発達の時期の総合の例

第一期
1998〜1999年

把握機

第二期
2000〜2001年

個人の機会

共有機

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