ある思想

可能性を扱うことにより美を生む、理性領域の芸術が可能になりました。
新しい領域の美の誕生です。

美にもとづき可能性を扱うことで知的財産創造の効率を高められるので、知的財産の効果の印象から、
タネのある魔法とも呼びます。

推想 (*1) を自由にする図式法を利用ながら美の中心に応じることで、解放された心に自然と浮かぶ、
この世界に存在する可能性を、感動のために自由にすることで、人間の崇高さを感じていきます。

可能性の高低を問うのではなく、必然性を確立する科学でも、奇跡を求める宗教でもありません。

人に備わっている予見の能力を働かせて、与えられた個性や偶然などを活かしながら、
世界の変化に自らの変化で応じていくことにつながるように。
世界と自分を一つと考えると、現在所有している能力全体を自覚することが、
特定の能力を極大にすることより優先されると、理解されるのではないでしょうか。

自然を、自分を再発見していくことは、人間性の再生・自然への回帰につづいていきます。
自然の変化に調和していける方法は、人の変化にもとづいて、自然への影響力をなすことにつなげられます。
このとき、自然の存在と自己の存在のいずれかを優先できます。
しかし、私たちは、自然を支配しようとしながら、自ら生みだす混乱のなかで迷うようです。

自然のなかに調和していける方法は、自由を手に入れるための方法の一つです。
自らの主観的な要求が、自然に合致する他の主観的要求の充足で満足されるものであれば、
要求の元である主観は、単に経験的にのみ考えられるものではありません。

主観の役割を明らかにし、自然に生じる調和について、自由自在への道を求めることです。

*1 推想 推理・推論にならって、Abductionの訳にこれをあてた。

(2004年2月28日更新)

 

理性の芸術

理性領域の芸術は、普遍的コンテクストに応じる図式で可能性を成し、可能性を扱うことによる美の表現です。

客観的必然性は特殊性の領域を規定することで成り立ちますので、領域をまたぐ理性の芸術のためには、適していません。

これに対し、主観的妥当性による可能性に合目的性が成立するようにし、この芸術をおこないます。

(2003年6月30日)

参考

ガラス玉遊戯

物語と主題

実験的な作品

自由の芸術へ

アブダクションの利用

総合という方法を、この思想に役立てるものの一つとして、利用します。

総合を考えるには、アブダクションについて整理しておく必要があります。

以下、アブダクションの説明をおこないます。

1.はじめに

思考の方法の一つであるAbductionを楽器のように扱い、可能性を音のように扱う芸術である理性の芸術について全体像をまとめるため、いくつかのポイントを記述した。

2.思考の方法

Deduction,Induction,Abductionはアリストテレスによって提案された思考の方法だが、Abductionは一般的な方法としては発展しなかった。
Abductionに適切な訳語はない。

合法則性について評価してみると、Deductionは規定的判断に基づき、Inductionは反省的判断に基づき、反対の性格を持つ相補のものであることが分かる。
このことからは、アリストテレスのAbductionの考えは、妥当性を有しない誤謬である印象を受ける。
しかし、合法則性の他に合目的性を組み合わせて考えると、Deduction,Induction,Abductionが独自の領域を主導する思考の方法でありながら、補い合う関係であることが明確になる。

Deductionでは、普遍から合法則性で説明を獲得し、思考に導いていく。これは合理主義・科学主義の可能にふさわしい思考の方法である。
Inductionでは、事物から合目的性で仮定を獲得し、法則に導いていく。これは実利主義・産業主義の可能にふさわしい思考の方法である。
Abductionでは、作品から合目的性で事物を獲得し、仮説に導いていく。これは人間主義・回帰主義の可能にふさわしい思考の方法である。

3.Abduction

Abductionは思考の対象に合目的性を持ち込むことから手続きが開始される。
従って、芸術により合目的性が適用される思考の対象が持ち込まれる状況で、Abductionは方法として開放される。
また、法則を反省的に使用できる状況で、想像力による思考が反省として成立する。
規則は現象に適用された思考の形式である。
思考の形式から他の思考の形式に移行できることは反省的判断においてなされることは、ヴァルター・ベンヤミンを待たずとも明らかである。
ここから、仮象においてはDeductionの成果をAbductionに利用できることが明らかになる。

水が消えるのを見て、加熱されていたのをしっていたために、状態が変化したのだ、と推理するのがInductionである。
この証明のために、熱を奪ってみると、(水蒸気が元の)水に戻ることが確認される。
これに対し、物質の状態は変化するとして、流れる川の水を見ると、川の水は海に届き、蒸発し、大気により環流し、雨になり、川に戻ってくる。
川の水に、物質の変化という規則性を適用しながら、大気に関連づけ、水の地球上での環流という規則性の可能を準備するのがAbductionである。
Abductionを行う時、任意の対象に規則の類推でとらえ、合目的性の能力により他の対象と関連づける。
この時、最初の対象に向けた規則の内に成立している思考の形式に反省的判断が適用され、新しい対象のための新しい思考の形式が準備される。
この新しい思考の形式は想像力によるもので、実際に規則で示せるかどうかは主観的である。

Abductionは帰納法に内在され、活用されてきた。
芸術においては主観的側面において中心的に活用されてきた。
そして、独立した考察は十分にされてこなかった。
しかし、合目的性に関する評価法をとるとき、独立して考察されることに、利益が生じる。

(2002年11月30日)

  

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