欺瞞の神としての人間のための数学的帰納法

涙を流している私が、星空を見あげているのは、
デザートのアイスを食べそこねていたのを隠すためかもしれません(!)

・を・

・・をを・・

・・・・をををを・・・・

  自らを神々に似せた人類が 理性の彫像に失望する時
  真の神々は 大いなる力を 人類の精神の麻痺のために用いた
  破綻していく世界のなかで 錯覚が真実の代用となり
  遊びに飽きた子供の落胆にも似た安息が残された資産となるだろう

  

この図式から推測されるのは、人類は精神の終焉を予感し、
予感に耐えられず、精神に麻酔をうっている時代に入っている、
ということです。

この推測が、一部でも正しいのなら、
人類は未来を正視するのに必要な精神を失っていることになります。

続きを観てみましょう。

  自分の存在を憎悪するようになった鳥たちが
  空を支えられなくなる日時計に 自分自身を感じる人類が
  恐怖神という幻影に 代償をともなった救済を求める時
  人としての存在を否定する心は 殺戮にあらがえないだろう

  

この図式から推測されるように、人類の理性は、
破壊と破綻にさえ「神の形」を与え、
有り得ない救済を求めることがあります。
人類が、自然ないし真実が許した生きる材料を消費しきるまでは、
人間は没落する自己の存在を理性で合理化することができます。

それが悲劇だとしても。

  狂乱した理性が前提する 肥大した理想に命令された人類の未来が
  破滅 あるいは 救済 であったとしても 限られた
  自らに可能な小さな行動については せめて
  心を救済しなければならない 真の救済が夢だとしても・・・

  

それが悲しいことなのかはともかく、現在までは、
真実を解明しようとする人類の試みは、成功していません。
しかし、真実による救済を夢見る活動に意味を見出すなら、
その活動にともなう心は祝福されてあるべきです。

  

  目的:真実への期待を実証する活動
  方法:心の安静による活動の適正な維持
  理由:狂気も正気も人間の産物

そう、すなわち・・・・。

理性が描く狂気と正気の神々を部分的にでも支えられる活動があるなら、
その活動を支える心の安静を実現する方法もあるのです!(たぶん)

その方法を人々に与えることができれば! ガッポガッポと!

ガッポガッポと!(たぶん)

・を・

・・をを・・

・・・・をををを・・・・


図式:0954
公開:09/02/26

 

  

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