ブログ記事「やろう 命を燃やしつくそう」 から

最近あまり更新していない英語のブログのアクセスが、
いくつかの私のブログのなかで、一番アクセスが多くて。


著作権は知的財産権のなかでも権利の管理について
一番難しいと言われているのですけど、

インターネットの普及から、万国著作権条約など、
世界に対して自らの権利を同時に主張することについては、
権利のともなうコンテンツの販売は比較的容易なようで。
(特許権などは、各国にそれぞれ出願する必要があるらしい。)

インターネットのコンテンツについては、
「(C)+公開年+名前(ペンネームも可)」をつけておくと、
公開から25年間、万国著作権条約に加盟している国々では、
権利を主張できるようです。

権利は管理しにくいけど、国際的に販売はしやすい?

実は、英語のブログへのコメントで、
「あなたの作品を購入する方法が分からない」という
コメントがついたこともあって。

(e−mailアドレスが記入されていたので、
 スクリーンショットで記録に残して、非公開にしましたが。)

私のコンテンツを保存するサーバーは日本国内にあり、
日本の国内法が私の創作活動については優先され、
ダウンロード販売のインターネットサービスは
自動翻訳を提供していて、サーバーも日本国内にあり、

デジタルコンテンツは暗号化されていて、
購入者ごとに別々の暗号解読鍵を用いる必要があるようになっていて。

「翻訳はプログラムで自動でされています」と但し書きをしておけば、
インターネット経由で世界に同時販売するのも良いことかも。

私自身は日本をとてもとても愛していて、
と同時に、
ガラス玉遊戯は世界的なテーマであり、


「作品を購入したい」という人がいるのに、
世界のコモンセンス(常識)に準ずるなかで販売しないというのは
どういうこととされるだろう?
と考えても、

「あー、やはり、これはやろう。」と思うのです。

HPのアクセス解析でも、
世界がガラス玉遊戯を求めているのが分かって。

私が日本を愛している、と言っても、
世界に向き合わないと、その愛もかなわないように思えて。


死が遠くないことのように感じた日々もこれまでにあって、
42年の技芸の探求の日々を経ても、平均寿命から考えても、
いずれ私自身の寿命が尽きることも感覚として意識されていて、

私自身が、
いかに私自身と技芸と世界とを関係づけて生きていくかについて、
私自身も答えを出していて、

なら、

もう恐くないかな?
と。

この2年間で、
神道の神々を愛する気持ちが芽生えてきて、
その一方で、
有限な思考力のなかで生きている一人の人間としての私は、
これから多くの可能性を見い出すことができるにしても、

その可能性が、まだ、見えないなかでも、
いま判断するべきことがある、
そのことを大切にする気持ちについても理解が進んできて。


やろう。
命を燃やしつくそう。

私の命が許されている年月のなかで。


※この記事で、法律について述べているのは、
 私個人が学んだことで、私自身で判断することについてで、
 一般的に正しいかどうかについてはお約束できません。
 関心のある方は、ご自身でお調べください。
 
 
2011/11/22現在の私のブログの一つの記事から。記録として。
(ブログを含め、私のネットでの活動での“名”は、これまで、
 kyou あるいは kyo のアルファベット表記を用いています。)
 
 
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