ガラス玉遊戯の初歩の方法

簡単なガラス玉遊戯のやり方としては、まず詩を書き、次に小中学校で学ぶ科目それぞれに、
この詩で見つけた概念を置き換えられるものを見つける、美と学を関連づける過程を繰り返し、
満足を得た段階で、大学以降の学のいずれかの成果、もし可能であれば「全ての文化的資産の
うちいずれか」に、美と学の思考を飛躍させることでなされます。
そして、「ある文化的資産から他の文化的資産に移行」することで、理性領域の芸術の意味を
感じ取っていただけることと思います。
小中学校で学ぶもの、というのは、例えば足し算は偏微分方程式をさえ支える思考の方法ですが、
偏微分方程式を学ぶことで足し算がなされる、というわけではないからです。思考を飛躍させる前に、
いかに飛躍されるべきかの予見を、美的におこなう必要があります。
詩は、好みが合うなら、ロマン主義的な詩が良いでしょう。

この初歩のガラス玉遊戯でも、一年も繰り返せば、その方のものの見方や感じ方が全く変わって
しまうことに、気づかれることと思います。

(2005年3月2日)

普遍的可能性について Kugelについて

図式の方法

世界は論理でとらえることができますが、調和でとらえることもできます。
人間の美の能力を、世界のより広い領域に適用できるように、方法をうち立てていく期待。

美の活動には、世界の状況に呑み込まれず、意思を自由のままにできるという利益があります。

全ての可能性が可能であるかのような感覚、想像力が影響力に置きかえられることがある、
人間らしい方法や展開。ありのままの世界と人が、素直に認められたら、そうした思いの現実を
試みていくことです。

少なくとも一つの可能の根拠をともなった未知あるいは既知の目的の表現は可能性をあらわすのですが、
これを特殊的可能性の現出と呼ぶことにします。
簡潔な図式法は、提示された特殊的可能性を部分とする普遍的可能性を仮定し、普遍的可能性の取り扱いが
調和をなすもの、です。

この図式法は、既存の文化的資産を、その可能性の特殊性において観察しなおし、
ある可能性の普遍性において記述しなおし、美の表現をおこなうことにも、使用できます。
これが、ヘッセのガラス玉遊戯において、すでに簡潔に紹介されているものです。
伝承に従うなら、ガラス玉ないし魔術記号が、普遍的可能性の取り扱いに利用されます。

実際は、発想法を活かすとともに、目的を芸術的な調和の能力で、根拠を専門的な判断の能力で、
普遍的コンテクストに応じて現出するよう、ガラス玉を展開していきます。
普遍的コンテクストとは、真剣な芸術家なら誰もが経験する、全ての表現の源である何か、です。
ガラス玉は、可能性を新しく現出する時、すでに提示されている可能性と相関が確認されるよう、
調和を展開する表現方法として適当なもの、とします。

調和と想像の能力で新しい可能性を表現した時、すでに提示されている可能性との間に相関が
認められる場合は、同じガラス玉が適用され、複数のガラス玉を扱うことで現出する可能性により、
事物のなかに自分自身を感じていくことと、思われます。

表現と発想の発露の交点に自由な理由の表象が浮かぶように可能性を用い、扱われた可能性の全体で、
ある文化的資産が表象されるよう、ご留意ください。

ある全体を用意して部分を確定する論理と、ある部分から全体を想定する調和とは、人間が元から
持っている能力です。調和においては、特殊な可能性を部分として普遍的可能性という全体を想定する
ことが、人間には許されています。そして微弱でよければ、人は大抵、事物に可能性を見つけることが
できます。

調和が及ぶと信じられる範囲では、特殊的可能性の現出は期待されるもので、論理によらないと宣言できる
範囲では、美的には正当に特殊的可能性は連なっていくことでしょう。

ところが、調和による特殊的可能性の現出の進行により、未知であったものが表現されることがあります。
このことを私は、「総合」と、1998年に紹介いたしました。
主観的妥当性のつらなりが、ある客観的必然性の領域に進行する過程が、推想と呼ぶ判断の技法において
とらえられることは、以前から公表しているとおりです。

文化的資産に現出する普遍性を、可能性に置き換えることによる果実は広大に実ります。
ご想像になってみてください。私もおってご紹介してまいります。

知的財産創造には、様々な感性や分野の多くの人々の共同により、可能性がより自由に発現するように
なり、利点となります。

この手段は、インターネットを採用した時、簡単に機構として現実化されます。しかしその実体は、
インターネットにはありません。

(2004年3月7日 同年7月25日推敲)

自由の芸術の例

現象である人間についての操作

自然な心

リアルとアンリアル

 ある催眠の方法あるいは機構

芸術家が可能性を扱える理由

自由の芸術が成立する理由

 

ガラス玉遊戯宣言

 理性領域の芸術であるガラス玉遊戯が成長していくことによる文化文明の発展を、
以下のように予想しております。
 1.産業に有益なものとして、論理による理由の展開のみではなく、調和による
   目的の展開がなされ、かつ体系化のための共同作業が可能になる
 2.様々な文化的資産が調和でつながれる経験から、これら文化的資産の創造者の
   偉大さが自分自身のことのように感じられ、実践の動機になる。
 3.音楽の音に相当する、ガラス玉遊戯における可能性は、想像であると同時に
   現実性であり、可能性の表現の実践は知的財産想像の準備となる。
 振り子が対極を求めるように、また、世界の状況とは人による判定であるように、
私たちは次の行程を歩めるという憧れが強めながら。

(2004年10月3日)


KN法

発想の原案などに属性を当てはめて、属性への発案をセットとし、複数のセットをマトリックス上に展開し、
最初から利用していた属性で再度とらえなおす発想法です。
初歩の図式法として利用できます。

属性はどのようなものでも結構ですが、「目的・方法・理由」の項目にするのが有効ではないでしょうか。

(2003年6月30日)

これまでの試みについて

図式の方法の一面は、普遍的コンテクストと個々の現象が、互いに利用されるよう振動するものです。

表現されるものである「テクスト」の前に、思考のなかにあるのが「コンテクスト」ですが、
いかなるテクストにも成立するコンテクスト、つまり「普遍的コンテクスト」が可能かどうかの実験が
「自由の(ための)芸術」でした。
参加くださった方々に、感謝と尊敬の念を抱いております。

個々の現象について、どのように扱われるかの例として、KN法をご紹介させていただきます。

(2003年9月25日)

自由の芸術の方法

「自由の芸術」は、未知の目的をとらえ、可能性で表現する芸術です。

何人かのグループでおこないます。

1.自由な発想によって「テーマ」を用意する。
2.テーマを成り立たせる「きまり」を決める。
3.テーマときまりに関連した「技術」を探す。
4.心に浮かんだ世界の「部分である実際」を得る。
5.他の参加者の「部分である実際」を説明しあう。

1〜4を繰り返します。
1〜3は、参加者が順番に発表し、4は、参加者がそれぞれ自分用に記録します。
参加者全員が良いと思った時点で、5に進み、他の参加者が用意した「実際」を
自分の個性や偶然、得意分野により説明します。
再度1に戻ります。

1〜3の結果をガイドと呼び、4・5の結果をパートと呼びます。

参加者全員が満足するまで、1〜5を続けます。
1〜5により作成されるものを図式と呼びます。

図式はガイドの背景をパートで実証するように用意します。
ガイドとパートは独自に発展させられ、図式の意味の準備になります。

可能性は図式の意味の表現です。

象徴で図式の意味を運用します。

既存の象徴の図式への還元と新しい図式の展開との組み合わせを
おこなうことができます。

図式から発明や著作などをおこなう場合は、可能性からガイドやパートを
参考に、創作に取り組みます。

多人数で行ない、エゴによりコントロールする人がいると破綻することから、
自分自身から自由である必要があります。

(2002年8月16日更新)

 

(C)Copyright 2002-2004 Kyou Nissho All rights researved.